僕の鞄の中から、顔をのぞかせていた新聞と文庫本を見つけた後輩が
「活字好きなんですか?」と声をかけてきた。
他部署の同僚だ。且つ僕より低い役職なので直接会話(根回しやお伺いをする機会がない)をする機会はあまりない。日常の会話は挨拶やねぎらい程度である。僕は彼のパーソナリティについて詳しくない。
以前、彼が、休憩室で同じ部署内の人達と業務外のお話しているのを聞いていて、「話が面白い人だな」とは思っていた。
僕は、話しかけられた流れで応対をしていた。これもコミュニケーションの一環だ。
聞けば、彼は読書家であり多読な読み方をするということがわかった。自分の行く先々に読みかけの本を置いてくるタイプの人。ちなみに、僕はこれが出来ない。意識や感情が途切れちゃう。
「へーすごいねぇ」と褒めておいた。
●「おススメの本を教えてください。」という質問が嫌い。
彼から、おススメの本を教えて欲しいといわれた。僕は、この質問をあまり好まない。本の趣味嗜好って、自分の心の中をさらけ出してしまうのに等しい、と思っていて少し気恥しい。
例えば、既に親交があって、お互いの好きな作家やジャンルをある程度把握した上で、「ひょっとして〇〇さんの作品とか合うんじゃない?」というコミュニケーションであれば分かる。
彼が、普段どんなジャンルの本を好むのか?どんな文章表現の作家が好きなのか?どんな思想の持ち主なのか?が分からないとおススメもしにくいし、おススメした本の受け入れられ方は変わってくるだろう。
●余談ですが、村上春樹が受け入れ難くなってきた
どーでもいい余談ですが・・。
過去通算3回ほどトライしたが、釈然としない作品がある。初めて読んだのは10年くらい前だ。直近では2年前に読んだが、途中で読むのを止めた。
それは、JDサリンジャー:「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。
1951年に初版が出ており、全世界で読まれている大変有名な作品である。
様々な、映画やアニメ(例えば、攻殻機動隊 「笑い男」編)にも小道具の一つとして登場しており、登場人物やストーリーのミステリーさを際立たせる役割を担っている。
初判発行以降、日本語訳も何回か出ており、数年前に「村上春樹」が訳したものが発行され、再度注目を浴びることになった作品だ。
大学生の頃に初めて読んだ印象としては「なんだかよくわからない、めんどくさい表現」で、読むのが苦痛という印象しかなかった。
2回目に読んだときには、「なるほど」・「共感できる」と思える部分もあった。
3回目(30前半)に読んだときにはもう読めなかった。
ただでさえ、若い青年の心の葛藤とか甘酸っぱさとか、そういう類の内面を抉る系の内容だ。自分自身の内面を吐露する記述に共感できなくなっていた。読み手である僕自身が年齢を重ねすっぎていて、本の世界観に上手く入り込めなかった。
もしかしたら、僕自身が村上春樹の翻訳だから難しかったのかもしれないという事にも触れておこう。
ちなみに、僕自身、村上春樹には熱狂的にはまっていた時期もあったが、過去2作「1Q84」、「騎士団長殺し」を読んで、なんだかちょっと辛くなってきた。たぶん次の新作があっても、発売日にわざわざ買いに行くということはしない。書き手も、読み手も年齢を重ねれば、当然そういった「離別」があって当然だろう。
なので、名著には間違いはないと思うので、この本を読むには、大学生の頃が年齢としては最も共感できるのではないかなと思う。

キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)
- 作者: J.D.サリンジャー,J.D. Salinger,村上春樹
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2006/04/01
- メディア: 新書
- 購入: 11人 クリック: 73回
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●一応おススメをしてみた。
とまあ、大好きだった作家ですら、年月が過ぎることで、読めなくなるものも多いわけで・・。おすすめの本と言われても、おススメしにくい。
ということで、「うーん、なんかあったかなぁ、君の好みも知らないしなあ」と柔らかく断ったが、「小説でも、自己啓発系でも良いんで教えてください」と彼は食い下がる。
小説の類は趣味嗜好に大きく影響され、書かれた時代が古いものは読みにくいだろうと考えた。ややビジネス寄り、「脳科学とコミュニケーション」や「伝え方とマネジメント」といったテーマの、読みやすい本を幾つか挙げた。
「勉強になるよ」と一言添えて。
●後日、「本、読みましたよ」と話しかけられた。
おお。読んだのか。
経験上、この流れでおススメの本を聞いてきた人の9割は読まない。こういった点は、若さゆえの素直さとして評価できるポイントなのかもしれない。
いやそれとも、読んだ上で批評家気取りで、絡むことを趣味としている類の人間なのか?さあどっちだ?と少し身構えた。
「物足りなく、ちょっと面白くなくて・・最後まで読めなかったです。」と彼。
「ほらね。だからこーゆーの難しいんだよ。」と僕。
「そっすね。」と彼。
うーん、非常に残念だ・・。
小説の類を提案したわけじゃないんだからさ。脳科学でも、コミュニケーションでも、組織マネジメントでも、コーチングでも、心理学でも、何らかの専門家が一つの事をテーマとして書いている作品なわけだから。
小説以外の書物を読むって行為は、何かを学びたいと思って読むわけでしょう?もう少し固く言うと、「知識量や語彙の総量の引き上げ」ではないかな。そして、本の内容から自分の日常やビジネスに生かせるものがないかと目的意識を持って読むものだろう。
「面白くない」という言葉は適切じゃないよ。と彼に伝えデスクに戻った。
一度放った言葉は取り消せないよ。
「配慮が足りませんでした」では済まされないよ。
言葉の使い方を間違えると、深い溝ができちゃうよ。
そこまで、言葉を続けたかったが・・。やめておいた。悪気はないのだ。
●こんな彼に、何かおススメできる本はないだろうか?
ちょっと考えてみた・・。
いや。無い。むしろ読書ではダメだ。
リアルで頭を打てば良い。大体、彼の上司は課員を甘やかしすぎだ。
ビジネスにおいて、自分が放った言葉を「なかったことに」していただくために、何時間、何回にもわたって謝罪をしなければならないこともある。
読書だけで頭でっかちになっている彼には、そんな経験が来る日がきっとある。
楽しみに待ってろよ、頑張れ!28歳!