家族でレストランに来た。ちょっと良い、街のレストランだ。
彼らは、僕達がコースのメイン料理を食べ始めるタイミングにやってきた。隣席に通されたカップル。二人の年齢は、社会人になりたてか大学生と見受けられた。若い二人だ。
彼氏はEXILEに居そうな肌黒のオラオラ系、彼女は宮崎あおいを想起させる清楚なナチュラル系だ。正直タイプだ。
彼氏は、「さも当然」という感じでソファ席に座り、彼女が通路側の椅子に座った。
彼氏は、「俺、ピザもパスタも食いたい」と宣言し、「マルゲリータピザとカルボナーラにするわ。」と彼女に宣言し席を立ちトイレに行った。
彼女は、自分の食べるものを決め、店員を呼び止めた。マルゲリータピザを一枚、カルボナーラを1つ、ジェノベーゼパスタを1皿注文した。
店員が飲み物の注文の有無を問う。彼女は一瞬戸惑い、トイレの方を振り返るそぶりを見せ「生ビール一つください…食事と一緒で(照)」 と発言した。
それを見ていた僕は、ホロっと来てしまった。宮崎あおいは、傍若無人な彼氏のために生ビールまで注文してあげているのだ。「デキル女とはこういうことなのだよ」と妻に視線を送った。
彼氏がトイレから戻ってきた。彼氏はスマホを操作しながら、偉そうにぞんざいに言葉を発していた。
「俺のどこに惚れたの?」、「今日はとことん飲もうぜ!」「は?なんだよそれ。聞いてねーよ」、「この前さ、お前がを連れてきた〇〇いるじゃん。俺嫌いだわ。デリカシーが無ぇ」といった具合だ。
そして言いたい放題言い終えた彼氏は「おせぇ。煙草を吸ってくるわ」と言い残し店を出ていった。注文して5分しかたってない。
再び僕は妻に視線を送った。「ひどいね・・」と無言でメッセージを交わした。こういったダメな男には引っかかるな!という共通理解で一致した。
彼氏の注文したピザが到着した。彼氏はまだ離席中だ。煙草を一本吸う時間はとうに過ぎている。スマホゲームか電話でもしているのだろうか。
おもむろに、彼女はピザカッターを手にし、ピザをカットし始めた。ぞんざいに扱われているにも関わらず、彼氏がすぐにピザを食べれるように段取りをしている。
しかし、ピザをカットし終わっても、彼氏は戻って来ない。
あおいはピザを眺めている。あおいはピザを一切れ指でつまみ口の中に放り込んだ。
「え!食べんの?」我々は狼狽した。
一切れで終わることなく、パクパクと食べ進めている。
さらに、到着した生ビールをごくごくと飲み始めた。
「え、彼氏のビールじゃないの?」、我々は目をぐるぐる回し、オロオロした。
ピザが3枚食べられたタイミングで、彼氏が戻ってきた。
彼氏はピザを見るなりキレた。
「は、お前何食ってんだよ!」
「…」
「俺の注文したピザだろ!」
「…」
「てゆーか、お前何んで飲んでんのよ!?」
「…」
「おい、無視すんなよ!」
「…私のお金だろ…」
「はっ、何をっ…」
「おい。クソホスト。私が指名してボトル入れなかったら、今月お前どうなってた?」
「…ちょっ、それ今関係ないっ」
「あるだろ。今同伴中だよな?お前が頼んできたから同伴してやってるんだよね?私の時間をお前のクソみたいな煙草の時間で奪うなよ。プロなら我慢しろよ。お前がパスタ食べたいって言ったからここに来てるんだよね?」
「…ごめん」
「ごめんじゃねーよ。カス。すいませんだよね?お前飽きたわ。要らないから今すぐ消えろ。今日この後もこの先もお店行かないから」
「…すいませんでした。でも、お店は、同伴はお願いします…」
「は?私は困らない。」
「…本当にすいませんでした。同伴していただかないと、やばいんです…」
「は?しらねーよ。」
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その後も、このような押し問答が続いた。
まさかまさかだ。
「仰天」とはこのことだ。察するに、俺のあおいはキャバクラ嬢か風俗嬢のどちらかなのだろう。 人は見かけによらない、先入観で判断してはいけないということを体感した。
また、あおいがホスト君に浴びせている罵詈雑言を聞いているうちに、僕はホストクラブの「売掛けのシステム」や「永久指名のシステム」を把握することが出来てしまった。
二人の会話は、普通もしくはそれ以下の声量ではあったが、隣席の我々にはしっかり聞こえていた。不快であることには変わりはない。店員を呼びチェックを告げた。
すると、あおいが立ち上がり、僕達に向かって頭を下げ「お騒がせして申し訳ありませんでした」と謝罪をした。突然のことに驚いた僕は、「あ!いやっ」と言葉にならない間抜けな単語を発した。
さらに、あおいは僕たちが呼び止めた店員に向かって、「私たちが迷惑をかけてるので私たちが帰ります。ほら行くわよ。」とホストに立つよう促し、店を出て行った。
立ち去るあおいの背中を眺める僕に向かって、妻が言った。
「ねえ、あなた。あの女ダメね。」
「うん?うん。」
「ホストと付き合う女性がダメとかそういう次元の話じゃないよ?わかってる?」
「お、おう。」
「ちゃんとしている女性は他人に迷惑が掛かる前に席を立つわ。」
「そうだよね。」
「あの女『ウチのどうしようもないクズがご迷惑おかけしやした』って去っていったじゃない?任侠映画かっつーの。いい女ぶってて逆にダサい。ねぇ、そう思わない?」
「はい・・。」
妻が、年々パワフルになっていく。コメントも辛らつだ。
あちらのカップルも、こちらの夫婦も、どっちもどっちだ。