彼女は「kamiさん、聞いてください!彼氏が出来たんですぅ!」と、ふくよかな体をゆすって僕のデスクに近寄ってきた。
初めての、ちゃんとした彼氏だそうだ。ちゃんとした彼氏の定義がよくわからんが、アバンチュールの一つや二つはあるんだろう。24歳なんだから。
「痩せたらモテるよな」というタイプの容姿だ。口は悪く弁が立つ、仕事は早い、そんな部下。
24歳の女子社員と42歳の自営業男性のカップル。
ほぉ・・。なかなか。
●失踪した経歴を持つ女子社員
この女子社員は、約2年前にちょっと失踪した。といっても、4日間だけ。結局は無傷で戻ってきた。その後、半年ほど僕の下で事務社員として勤めて退社していった。
失踪の理由は、18歳差の彼氏と盛り上がりすぎて、結婚したいと親に伝えると猛反対され、家を飛び出し・・・、というものである。まあ、ありがちと言えばありがち。
で、その4日間どうしていたのかというと、表向きには知人の家に転がりこんでたことになっている。
実は、違う。
あ、もちろん僕の家で匿っていた、というような話じゃない
●僕だけが知っていること。
親も行方不明の届けを出し、直属の上司だった僕はアレコレ対応に追われた。一番対応に苦慮したのは彼女の親御さんだ。
会社の事や上司である僕の事を、親との日常会話で話していたようで、「何か聞いているんじゃないか?心当たりがあるんじゃないか?実はかくまっているんじゃないか?今日は何か思い出したことが無いか?僕の携帯から連絡すればリアクションがあるんじゃないのか?・・・」等、何回も電話があり、対応していた。一回の電話がとても長かった。
4日目に、僕の会社携帯に彼女から電話があった。「ご迷惑をおかけしました」と・・。
別に、泣いてるわけでも、落ち込んでるわけでもなく、いつもの感じの声で、逆に怖さを感じた。話を聞きき、とりあえずこの電話を切ったら、すぐに親に電話して、実家に帰る旨連絡をするようにと伝え電話を切ろうとした。
その時、彼女から問いかけがあった・・・
「kamiさん、私今どこにいると思います?」
「ん?何処に?」
「福井です。さっきまで、崖の上でした」
「マジ?」
「はい。でも飛び降りてないですよ。思いのほか観光地化してるんですね。」
「何しに、崖に向かおうと思ったの?」
「こういう時って、睡眠薬からの、身投げかなと思って」
「持ってるの?睡眠薬」
「はい。お茶も買いました。」
「そうか。」
「でも、親に電話して、ちゃんと自宅に帰ります。」
「そうだね。明日は休んで、彼氏さんとか家族とちゃんとお話ししてきなよ。」
「はい。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」
「いや、別にいいよ。たださ、身投げ案と睡眠薬は黙っておいた方がいいと思うよ」
「何でですか?別に飲んでないし、生きてるし」
「いやそうじゃなくて『重い』から。彼氏が引いて逃げちゃうかもよ?困るだろ?」
「はい。困ります。わかりました。黙っておきますね」
「なんで、俺にこんな話したの?」
「kamiさんには知っておいて欲しかったから。」
「・・・。」
「kamiさん、二人だけの秘密ということで」
「そ、そうだね・・。」
そして、電話を切った。
●感受性の高い若人に申し上げておきたい
一言良いですか?
「上司は業務以外の相談は受け付けたくありませんから。」
一言良いですか?
「聞かされた相手の気持ちを考えようね。」
一言良いですか?
「二人だけの秘密です」とか、そういったキーワードが一番卑怯。。
感情の暴走と言ったら良いのか・・。若さゆえの視野狭窄なのか・・。
恋は一途ということか。
このエピソードに限らず、若すぎるが故の、「ああ、この人は悲しいことからの逃れ方を知らないんだろうなぁ」と思う事件が増えているように思う。
悲しい事から逃げ出すときに、他人を巻き添えにしてはいけない。それは、肉体的なことだけじゃない。精神面でもそうだ。「二人だけの秘密」なんてキーワードはまさにそれ。
上司として敬意や親愛の情を持ってくれているんだと思う。そのことは、上司として素直にうれしい。でも、言葉の使い方を間違えると無関係な他人を巻き込むんだよ。自分ひとりで背負うべき罪悪感を、他人に共有させるということはダメだ。
後日、こんな風に叱った。
それから、一年以上が経った。
今日、彼女から結婚パーティーのお知らせを受け取った。
うれしいなぁ
おめでとう。