仕事で事故が発生した。交通事故ではない。
事故発生時の担当者は僕の上司。上司と事故の被害者であるお客様(物件に入居するテナント)は反りが合わず、常に小さなしこりを抱えた状態で関係性を保っていた。
ちなみに、二人の間には、決定的な何かがあったわけではなく、「なんとなく合わない」という表現が正確だ。
このような背景がある中で、漏水事故が発生した。建物の設備不具合に伴う漏水事故だ。不動産賃貸業に携わっているとよくある事故だ。
よくある事故ではあるが、ちょっと派手に漏れてしまったので、被害者はとってもお怒りの状態だ。
派手な事故となると、時系列の整理、不具合箇所の特定、被害物の保全・写真撮影、休業補償・損害賠償の段取り、保険鑑定人対応等、とにかくメンドクサイのだ。
このようなメンドクサイ作業を、怒り心頭中の被害者にご協力を頂きながら進めていかなければならない為、非常に骨が折れる。
そしてこれを、反りが合わない二人でやっていくことは苦痛だと考えた上司は、僕に担当を押し付けてきたという話である。
上司からは、これまでの背景を説明された。いくつかの質疑応答で、テナントオーナーの人となりも把握した。次回打ち合わせに伴い、資料も読み込み、必要書類の段取りをした。
打ち合わせ前日には、テナントに連絡を入れた。担当者変更の挨拶及び訪問時刻の最終確認を行った。
テナントオーナーからは、「今回の事故うんぬんじゃなくてさー、前の担当さんはさー、何かと端折るんだよね。」とか、「ちょいちょいミスするんだよね。丁寧さが足りない」等と愚痴を聞かされた。
僕は、前任者の不手際に関して謝罪をし、心中察するに余りある的な一言を添えて電話を切った。
明日は朝一番の対応だ。ばたつかないようにしなければならない。
資料は取りまとめて便箋に封をしカバンに入れた。社用車を予約をし、鍵を事前に受け取りガソリンの有無も確認した。
施工業者、保険の鑑定人にTELをし帯同のスケジュールも確認した。
こんな事前確認は初歩的なことだが、最も大切である。
準備は完璧だ。明日は、大丈夫だ。
早めに寝ることにした。
翌朝。
通常より一時間早く起床した。
バスも、電車も、遅延はなかった。
結果、予定より30分早く車を発車させた。
道も空いている。
想像以上に順調だ。
道中1時間かかるが、30分も余裕を抱えていれば、多少渋滞に捕まったとしても問題はない。
下道なので、脇道にそれてしまえばなんとでもなる。
訪問時刻は9時過ぎだ。
到着予定は8時45分だ。楽勝だ。
8時32分、テナントオーナーからスマホに着信が入った。
「今どこにいるんですか?」
「今、○○を走行中でぇす(^^♪。お約束の時間より早めにつきますが、9時過ぎにチャイム鳴らしますねー♪」
「約束は8時半だろうが!!」
「え!あ、いやっ、そんなことは。昨日のお電話でも9時過ぎにと・・」
「9時15分に別件のアポがあるのに9時の約束なんてしねーよ」
「え、ほんとですか!(※やばい、やばい、やばい。しゃれにならん。もういい、もういいや、どっちが正しいか間違っているかなんてどうでもいい、謝罪だ、謝罪だ、謝罪だ。謝ることなんかなんてことない、タダだ、無料だ、フリーだ。謝罪なんて勢いだ、勢いで謝れ、謝れ、適当に謝り倒していたら、もう10分後には到着する。ご本人を目の前にして、最敬礼で謝りたおしてしまえば何とかなる。そう念じていた)」
「言ったろ、ミスすんなよ!」
「大変申し訳ありません・・・。」
さて、ちょっとここでブレイク。
ね、これって・・どうなんだろうか。
いやね、あれだけ打ち合わせをしたのに。
きちんと確認をし準備をしたのにも関わらず。
まさか、まさかの遅刻である。
もちろん、結論を言うと僕のミスだぉ。
手帳には、≪8時30分訪問≫としっかりと記載があったよ。
いいかい、ここから書くことは言い訳ではない。
僕は、僕が犯したミスで、お客様に多大なご迷惑をお掛けしたと認識しているし、反省もしている。その上での独り言と捉えて頂きたい。
では、いくよ。
まず、今回犯してしまった事象を社会の一般通念で言うと『遅刻』になるだろう。
どこから、どう見ても、まじりっけのない、遅刻だ。
でも、俺はこの事象は遅刻だとは思っていない。では何と捉えているのか?
それは、お客様と僕という、星の距離の問題ではないかと認識している。
僕が「約束の時刻に遅れた」のではなく、「お客様と僕の星が遠かったね」というだけだ。
人間、あれだけ配慮して、準備して、確認をしたのに、時間を間違えるなんてことがあり得るのだろうか?ちょっとしたミステリーだ。
実は、僕はこれまでの人生で遅刻は一度もない。学生生活においても、社会人になっても一度もない。
遅刻・早退・欠席の類とは無縁なのだ。それぐらい、慎重で、用心深い人間なのだ。
そんな僕に限って、何故こんな日に、さも堂々とこのような事象が発生してしまうのだろうか?歴史の位置ページに名前が刻まれる事象かもしれない。
こう考えると、『遅刻』なんて薄っぺらいものと認めるわけにはいかない、と考える方が正常だ。いやそう信じている。そう思わないかい?
僕の両目は、手帳に書かれた≪8:30訪問≫の文字を認識しておきながら、9:00に訪問すればよいという風に脳が認識をしてしまったわけだ。
ひょっとしてこれは、仕組まれたものなんじゃないか?と思えないだろうか?
「攻殻機動隊」風に言えば、『貴様、俺の眼を盗みやがったな!』と言った状況だ。
きっと、サイバーテロに遭遇して両眼の角膜を奪われたのだ。僕は被害者なのだ。
誰か、警察を呼んでください。
だから、何が良いたいかというと。
もう、しょうがなくない?ってこと。
くよくよしたってしょうがなくない?ってこと。
どれだけ配慮をしても、どれだけ心構えをしても上手くいかなくなるってことあるのだ。いずれにせよ、僕と彼との間には、決定的に何かが足りなかったのだ。
これまでの俺の人生経験上、いっそここまで達観した方が、物事は上手くいく。
「僕達、星が遠かったね(はぁと 照)」 ぐらいで構えているぐらいでちょうどいいのだ。
あのお客様だって、僕が達観したオーラをまとって現れたらどう思うだろうか?
「な、なんだ、まぶしいあのオーラは!!こいつただものじゃねぇ」って勝手に理解して、怒りを鎮めてくれる可能性の方が高いんじゃないだろうか。
ぼくは、ステアリングを握りながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
まもなく、僕は、社用車を建物の共同駐車場に滑りこませた。
店の前に人影を確認した。
おお、どうやらあの人がテナントのオーナーなんだろうな。
ああ、怖ぇ…
なんで、店の前で仁王立ちしてんだよ。クソが。
店内で待ってろよ。クッソ怒る気満々じゃん。
何張り切ってんだよ、バーカーバーカ。
ああ・・。クッソ怒られるんだろうな。
でもいい。大丈夫。
「いゃーお客様、ちょーっと星が遠かったみたいですねぇ」って言うだけじゃんね?
車のドアを開け、テナントオーナー様に視線を送り、軽く会釈をする。
無反応だ。おいおい。マジかよ。
彼は微動だにせず、睨みをきかしている。
僕は、光の速さで、テナントオーナー様の前に歩み寄った。
本当に謝罪する気持ちがあるなら、ノソノソ歩いてはいけないと教わった。
嘘でもいいから小走りで、ハァハァと息を切らせて。
大きな声で
「大変申し訳ありませんでした!!」
そう。俺たち会社員はこれでいい。
は?星が遠かっただけ?そんなこと言えるかよ。
ごめーんちゃい。
そんな気持ちは感じさせないほど、深々と腰を折って謝罪した。
しばし沈黙。
おじぎから直立に戻しつつ、オーナーの顔をそろりと覗き込んだ。
「ミスすんなよ!あと、言い訳しかけたろ?なぁ」
えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!(´Д`ノ)ノ エェェ そこかぁ・・
長くなりそうだ・・・。ではでは。