kaminomania ~倒産前に転職を試みる35歳会社員の奮闘記~

会社の経営危機で転職活動中の35歳係長が日々のあれこれを綴ります

【コロナ相場】落ちるナイフを拾いたい の結果

 先日、このような投稿をした。

 

www.kaminomania.work

 

相場から離れ、一ヶ月が経ち、手持無沙汰となった。

 

春の芽吹きを感じる中、自粛ムードが止まらない。

取引先や仲間内での会食も激減した。社交飲食店で飲み明かすこともない。

ちびちびと、焼き鳥屋とバーに一人で行く程度だ。

 

だがそれすらも駄目らしいムードが漂っている。自粛疲れだ。刺激がないのだ。

 

相場も自粛をしていたが、毎日チャートは眺めている。

下落していく相場のなかで、ショートリバウンドが起き、それだけでもなかなかの利幅が取れる。そう思った。

 

 

ちょっとだけなら・・。

 

3月30日、相場に手を出した。

 

こんな相場だから、日をまたぐのは怖い。

NYで波乱があれば翌朝大打撃を受けてしまう。

 

「良くも悪くもその日中に手仕舞うこと」をルールとし、初のデイトレードをやってみた。

 

前日比で、大きく下落している株の自立反発を狙う。

 

100株ずつ数銘柄買って、タイミングをみて売却する。

一日で2~3万円上がるのだ。単純なもんだ。

 

こんなもの投資でも何でもない、ただの博打だ。いやパチンコだ。

 

 

3月30日:4万円を利確した。

 

3月31日:2.5万円を利確した。

 

4月1日に、ただただ下がりすぎているという理由で、リクルートホールディングスの株に手をだした。

 

高値から46%も下がっていた。

それまでは、上場来右肩上がりのきれいなチャート。

ここまで下がってるんだから、今日こそ反発するのではと思うじゃん?

 

同業他社の値動きを調べもせず。

 

雇用調整が起きる局面であることも考えず。

 

 

 

ワンチャンいけんじゃね?と思った。

 

 

 

 

イケなかった。

 

 

 

 

本日、4月3日の後場で売却した。

 

 

ご存じだろうか?

 

『落ちるナイフは拾うな』。これは相場の格言だ。

 

 

 

あれ?

 

 

ご存じない?

 

 

『家中の栗を拾う』はご存じだろう。

 

あえて困難な所に飛び込んではいけないという教えだ。

 

 

僕は、この言葉を、向こう半年のスローガンにしようと思う。

この胸板に刻みたい。ケンシロウばりに。

 

誰かナイフを持ってきてくれないか。

 

 

わがトレードに一片の悔いなし!!

ではでは。

 

 

 

 

9万円の損切です。

 

 

あーあほらし。

ほんとにほんとに、コロナ落ち着くまで相場に触りませーン。

 

 

 

www.kaminomania.work

www.kaminomania.work

www.kaminomania.work

 

 

 

 

 

 

 

 

【12000円の現金給付】愚弄しているのか?

 

 

「いらん。」

 

 

愚弄するな。そんな金は要らん。

 

この記事の下書きをしたのが2週間前だ。

 

f:id:kami2775:20200331191315j:plain

引用:YAHOOニュース

URL:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200331-00000077-mai-pol

 

 

3月31日現時点の、現金支給案の議論は少しはマシになっていてよかった。

にしても、遅い。

 

さて、リーマンショックの時もそうだが、緊急経済対策が必要とされる局面において、現金、クーポン、振興券を発行しようと言い出すのはいったい誰なのだろうか。

支持率集めに効果的なのだろうか?

 

もちろん、12,000円を必要としている世帯もあるだろう。ただ、誤解を恐れず言うと、今日明日の12,000円を必要としている人に支給したところで、本質的には何も変わらないと思う。

 

全国民に給付した12,000円が、「経済を回す起爆剤」になるとは思えない。

 

 

僕は、12,000円はいらない。

3万円でも、10万円でもいらない。

 

決して格好をつけているわけではない。

30万円なら欲しい。

 

そういった、欲はしっかりとある。いやふんだんにある。

 

自分の稼ぐ力と、経済的余力と、手の届く範囲の経済の衰退を天秤にかける。その程度の勘定はできる。

 

僕が言う「手の届く範囲の経済」とは、贔屓にしているの飲食店が「運転資金が厳しい」と頭を抱えていたこと、テナントが家賃の減免を申し出てきたこと、取引先が「4月末支払い予定の現金の半金を先に貰えないか」と頭を下げてきたこと、等だ。

 

この程度の範囲を指す。

今回のコロナショックで多くの「ヘルプ」が聞こえてきた。この先、もっと増えてくるのだろう。

 

 

自分の懐に、数万円が入ることよりも、関わりのある中小零細企業が延命できる方を強く望むということだ。

 

政府も、こういった主旨を明確に丁寧に伝えて、「12,000円の現金支給はやめて、大多数を占める中小零細企業の支援をする」と言えないものだろうか。

 

1億2千万人×12000円。約1.4兆円だ。この金を、息も絶え絶えな社の中小零細企業にばら撒いてやれ。こっちの方が、金が生きるだろう。

 

 政府のいう強大な緊急経済対策が30兆円だ。どうせほとんどが貸付枠なんでしょ?貸付枠とか、小さいこと言わずに、1兆円ばら撒いて中小零細企業を支援してやってよ。と言いたくなる。

 

こんなことを、国民に想起させる、「全国民に12,000円を給付する」案のばかばかしさったらない。

 

 

 

もう一度言う。

俺は、12,000円でも、3万円でも、10万円でもいらん。

 

 

「じゃあ俺にくれよ?(笑)」と、冗談でも言うやつは、○ね。と思っている。

 

 

ではでは。

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

 

「もう私、マスク離婚しても良いよね!」

f:id:kami2775:20200328194333p:plain

 

妻のママ友の近藤さんが放った一言。

 

 

「もう私、マスク離婚しても良いよね!」

 

 

まったく意味が分からない。

 

 

妻は、僕が出勤前の身支度を整えている時に、昨日の出来事を報告してくれる。

大体は、ママ友の夫婦関係の話題だ。

 

よく話題に上るのが、先の発言者「近藤さん家の夫婦喧嘩話」だ。僕達では考えられない奇天烈なポイントで喧嘩を繰り広げているのだ。

 

妻は、「あちらの夫婦喧嘩話の話を聞くと、あなたがとっても大人に思える」と評する。

 

 

おいおい。妻よもっと上と比較してくれ。

 

 

 

これまで聞いてきたエピソードを分析した結果「旦那さんの性格に難あり」と結論づけている。

 

 

 

で、冒頭の「マスク離婚」発言だ。

夫婦の間で、感染症対策のマスクの取り扱いに関して揉めたそうだ。

 

ある日、旦那(近藤パパ)は妻(近藤ママ)がマスクを毎日交換していることが気に入らないと食って掛かってきたそうだ。

 

 近藤パパは、幼稚園の送り迎えと、近所のスーパーに買い物に行く程度でしか装着しないマスクを一日で捨てる妻が気に入らないのだ。

 ちなみに、近藤ママが当日廃棄するのは、衛生面はもちろんのこと、ファンデーションが付着し気持ちが悪いので廃棄しているそうだ。

 

 

なるほど。わかる。

 

 

近藤パパはママが反論すると一気に沸点を上げる。

 

「俺が稼いだ金で買ったマスクだろ。再利用しろ。」と言う。

この専業主婦を軽んじる言い方にママは深く傷つくのだという。

 

沸点の上がったパパと争っても仕方がないと諦め、「一日の終わりにアルコールスプレーをかけて再利用する」と提案をしたそうだ。

 

しかし、近藤パパは「馬鹿か。今やアルコールも貴重品だ。煮沸消毒して再利用すれば良い。」と言ったそうだ。

 

近藤ママは、腸が煮えたぎる想いをこらえ、「わかったわ。洗うわ・・。洗えばいいんでしょ」と応じる。

 

「でも、パパも再利用してよ。もう在庫が少ないんだから。」

「パパは、アルコールスプレーで良いから・・。」

 

と震える声で食い下がる。

 

パパは「男のあごヒゲはマスクの繊維を毛羽立たせるから、再利用が出来ないんだよ!!そんなこともわからんのか!」と主張し、再利用には応じてくれないそうだ。

 

 

 

「もう私、マスク離婚して良いですよね!」

 

 

 

僕は、近藤ママにそう問われた。

 

 

 

僕は、妻と息子と一緒にふりかけ売り場で、近藤ママに捕まり愚痴を聞かされていたのだ。

 

 

僕は「お噂は聞いておりますが、お辛いですよね。」と返答した。

 

近藤ママは「そうなんですよー!!もう聞いて下さい!!」と続く。

 

「ほんとkami君ママがうらやましいです!こんな理解のある旦那さんで!」と僕を褒める褒める。

 

5分ほど話を聞き続け、さすがに飽きてきた僕は近藤ママにこう言った。

 

  • 「パパはとっても教育熱心なんですって?習い事を3つもやらせてるんですって?」
  • 「幼稚園の運動会、朝一で並んで場所取りされてますよね。すごいなー。」
  • 「朝は5時に起きて仕事をして、7時からは娘さんのドリルを見てあげているんですって?」
  • 「毎朝、娘さんの三つ編みもパパがしているそうで?」
  • 「毎日7時に帰宅して家族で食事をとり、娘さんと遊んでちゃんと寝かしつけまでするとか?」
  • 「今、大手ハウスメーカーで注文住宅を建築計画中ですって?うらやましい。」
  • 「休みの日は自らハンドルを握り、家族をいろんなところに連れて行って下さるんでしょう?」
  • 「娘さん用のマスクを確保する為に、早朝から薬局に並んだとか?」

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・・

 

等と、これまでに妻から聞いていた、近藤パパが僕よりもはるかに秀でている所を10個ぐらい挙げてみた。

 

 

「控え目に言って良いパパですよ?」

 

 

「僕は、どれ一つやっていません。」

 

 

「する気もない。だよね?」と妻が乗っかってきた。

 

 

近藤ママは、少しばつの悪そうな空気を漂わせて、「じゃあ、またね」と愛想笑いを浮かべ豆腐売り場へ移動していった。

 

 

仲直りのきっかけになるだろうか。

 

 

「なぁなぁ俺、ナイスアシストだったろ?」とドヤ顔で妻に問うてみた。

 

 

「お前はとりあえず毎晩家に帰ってこい。」と妻。

 

 

ぐぬぬぬ・・・。

 

 

 

所詮、隣の芝で、一長一短なのだ。

 

 

 

ではでは

 

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

 

【コロナ相場】落ちるナイフを拾いたい

 

f:id:kami2775:20200326195436j:plain

 

ブログ界隈に居る投資家様の足元にも及ばないが、僕は株式投資をやっている。

 

基本的には、コツコツ積立型のS&P500のETF、ドル建ての保険がメインで、日本株は余剰資金でやっている。現物買いのみで「MAX500万円分まで」をモットーに保有している。

 

先日、コロナショックの煽りを受け、2月末にすべてのポジションを解消し現金に戻した。タイミングを誤り、約70万円の損失となった。

 

www.kaminomania.work

 

資産運用を始めて数年が経つが、持ち株が無い状態は初めてだ。

 

仮に、コロナウィルスが収束したとしても、3月は手を出さない。

もちろん4月も手を出さない。一ヶ月前に誓った。

 

どうせ1~3月期のGDPも、二・四半期連続マイナス。実態経済の衰えっぷりを目の当たりにした狼狽売りが相場を襲うのは必須だ。わかりきっているのに、相場に手を出してはいけない。

 

こんな暴騰暴落相場、個人投資家が焼かれることは目に見えている。難しい相場であると理解している。

 

 

だから、相場には手を出すな。

 

うん。分かっている。

 

 

 

 

ポジションを解消し、相場を眺めるだけの日々が続く。

 

 桜の開花宣言のニュースを耳にした。

 

城跡公園に咲く、桜のつぼみを見て、春の訪れを感じている。

 

妻と、息子と、芽吹いていない桜の木の下で三色団子をほおばっていた。

 

 

春が来た。

うずうずしている。

 

相場にポジションを取ってないと落ち着かない。

 暴落しても、暴騰しても、どうせ半分はリバウンドで値を戻す。

 

日銀もGPIFも介入してくる。大丈夫だ。言い聞かせている。

 

 

なんとか踏みとどまり、24日も25日の、日本株暴騰にも手を出さず指をくわえて見ていただけだ。

 

 

 俺はよく我慢した。

こんな思いが募っている。

 

 

日本株の多くは、配当金や株主優待の権利を3月末に付与する。

明日、27日までに購入し、30日の月曜日に売却すれば、権利を獲得することが出来るのだ。

 

つまり、30日は多くの株が売られる、株価が大きく下落しやすい日だ。

そこを狙う。

 

さらに、コロナウィルスの影響がある。首都東京では、今週末の外出を控えるよう要請が出た。2日連続で40人を超える新規感染者が確認された。

 

こりゃ、30日は例年以上に落ちる確率が高いと想定される。

そこを狙う。

 

 

 

奇しくも、30日月曜日は平日にもかかわらず代休を取得している。

嫁と坊主はママ友達と外出するそうだ。

 

 

俺は、完全にフリーだ。

 

株を触らない自信が無い。

 

 

相場には「落ちるナイフは拾うな」という格言がある。

 

知っている。

 

 

否、「落ちるナイフを迎え撃つ!」

 

それが男ってもんだろう。

 

 

 

 僕は、欲にまみれた愚かな人間だ。

 

ではでは

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

結婚後、たった一つ後悔があるとするなら子作りだ

f:id:kami2775:20200319202149j:plain

 

結婚後、たった一つ後悔があるとするなら、それは「子作り」だ。

 

 

僕には、息子が一人いる。間もなく息子は年長さんになる。

親バカだが、生意気に、可愛く、たくましく、優しく育ってくれている。何よりも、五体満足で生まれ、大病一つなく成長をしてきた。本当にありがたい。

 

 

では何が後悔なのか?

 

それは2人目だ。

 

 

僕は、2人目の子作りから逃げ続けていた。「金がないから子が産めない」と何処かのロックバンドが言っていたが、そうではない。

 

僕は、子供は必ず一人は欲しいと言っていた。そして、2人目は求めていないとも言い続けていた。一方、妻は子供は必ず3人欲しいと言っていた。

 

一般的には、折衷案で2人ということになるのだろう。しかし、僕は本当に、心の底から一人で満足してしまった。

彼のために全精力を注ぎ、彼が将来困らないようにお金の準備もしている。名義預金は数百万円にもなっている。

 

しかし、妻は事あるごとに2人目の子作りに関して主張をしてきていた。それをやりす過ごして4年が経った。

「やり過ごした」と書いたが、やり過ごすどころか口論になったり、彼女に暴言を吐いたこともあったように記憶している。

 

昨年末、妻に「2人目の子作りをしてみよう」と持ち掛けた。

妻は「方針転換の原因は何?」といぶかしがる。

 

当然だ、4年も妻からのアプローチを拒否し続けていたわけだから、不審に駆られて当然だ。では、僕は何故子作りを持ち掛けたのか?

 

最大の理由は息子の懇願だ。

 

息子は、幼稚園に入園した頃から、「赤ちゃんが欲しい」、「なんで僕には赤ちゃんが居ないの?」と妻に問いかけ続けていた。このことは以前より妻から聞いていたが、僕に直接言ってくることはなかった。

 

昨年のクリスマス前日。僕は、息子を寝かしつけながら絵本を読んでいた。

 

突然、息子は僕に言い放った。

 

「僕はサンタさんが、お父さんだってことを知っている。だから、直接言うね。」

 

「仮面ライダーのベルトは欲しいけど我慢する。僕はお兄ちゃんになりたい。弟か妹が欲しい。」

 

「僕は、年中さんになって力持ちになったよ。お母さんが妊娠してもお手伝いができる。赤ちゃんが生まれたらお世話だってできるよ。」

 

 

これは率直に言ってきつかった。参った。どっちが大人か分かった物じゃない。

 

言う場所、タイミング、気を遣った言い回し。ぐうの音も出ない。降参。

 

 

この出来事が方針転換の理由だと妻に話した。妻は理解を示してくれた。

 

 

 

それから丸3カ月が経過した。

 

 

2人目の子作りに励んでいるが子供はできていない。

一人目の時は、すぐ妊娠した妻だが、37歳ともなると年齢の壁があるのだろう。

 

 

歯痒い。

 

思い返せば、結婚すると決めたとき、息子が生まれた時、多くの諸先輩方から言われたセリフがある。

 

 

「間髪入れず2人目を作れ」と。

 

 

欲しいと思ったとき、準備が整ったときには出来ないもんだ。

今更ながらこの言葉の深さを理解した。

 

この先、僕の周りで結婚する知人友人が居たら、僕もこの言葉を贈ろう。

 

 

 

 

 

今日、二人目が生まれました。

 

 

 

 

実兄からメールがありました。

 

 

 

今の今まで知らなかった。

 

 

 

タイミング悪いなぁ。

 

 

競う性質のものではないが、きっついなぁ。

 

 

『 結婚後、たった一つ後悔があるとするなら子作りのタイミングだ。』

 

 

なにはともあれ、兄貴おめでとう。

 

 

 

ではでは。

 

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

無関心でいることの加害性を問う

f:id:kami2775:20200317200221p:plain

僕は37歳。7カ月前に中小企業へ転職した。

 

現在、年上の部下を3人率いている。年上と言っても50代が3人だ。

僕は65歳で定年退職した、前任者の後継者として採用されたのだ。

 

前任者が定年退職して1カ月が経った。

 

そろそろ、皆の本性が出てきても良いはずだがその気配がない。

こんな若造がいきなり上司になれば反発の一つもあるだろうと思っていたが全くない。

 

僕自身この不動産業界でのキャリアは15年だ。仲介、プロパティーマネージャー、開発、建築営業、事業用不動産のあらゆる領域を経験している。彼らに気後れすることは何もない。

 

管理職としてやりやすいと言えばやりやすい。しかし物足りない。

彼らには自己主張が無いのだ。

 

その理由は明確だ。強権な前任者の下働いてきたからだ。

前任者には褒めるという文化がなく、意見を上げてもスルーされる環境だった。

 

 

先日、いつも通りの僕からの一方的なミーティングが終わった。

最後に一言と告げて、彼らにこう伝えた。

 

 

「僕は、無関心でいることの加害性を問うタイプの人間です」と。

 

携わっている業務が成長進化しているか検証しているか?

間違ってはいない。悪くはない。でももっと良くなる方法はないか?

多岐に渡る業務の意味を考えてほしい。しっかりと意見を持ってほしい。

 

そんなことを伝えた。

 

続けて、向こう半年間は「前向きな解釈で業務に取り組むこと。それに伴う改善提案の質と量」を評価のトップに置くと伝えた。

 

 

 

その結果。

 

 

 

まあ、くるわくるわ。

 

 

もう、ぐいぐいくる。

 

 

なんだったら、タイマンで飲みに行きましょうと誘われる始末。

 

 

前任者の下では、「異論をはさまず従う」ことが美徳だったのだろう。

評価軸が明確になれば姿勢も変わる。

 

 

僕も、「啖呵を切ったからには、きちんと受け止めます」と伝えた。

一方で、彼らには、「言い出したからにはやりきれよ」と言っている。

 

 

ちょいと忙しくなりそうだ。

 

 

ではでは。

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

 

 

転職後の環境では、「嫉妬する」ことがなくなった

 

最大の原動力は「嫉妬」と聞いた記憶がある。 

 

穏やかに過ぎていく日々のなかで、「そういや最近嫉妬してないな」と気付いた。

 

 

今から約10年前、27歳の僕は猛烈に「嫉妬」をしていた。

嫉妬の対象となったのは、同じ営業所の先輩営業マンだ。先輩とは同じ課で同じ商材を売り競い合っていた。デスクは隣りあわせだった。

 

彼は、圧倒的な人間力で顧客や取引先をグリップしており、他の営業マンが肩を並べることすらできなかった。

 

当時の僕は、先輩が強引な手法で数字を作る点や、数字至上主義でアクが強い性格である点を好ましくは思っていなかった。契約後のクレームも多くバックオフィスの評判も良くはなかった。

 

しかし、先輩は圧倒的な営業力で有無を言わせぬ雰囲気を醸し出していた。事実、僕が在籍していた7年間の内、10営業所の営業マンのなかで、成約件数10期連続(1年は2期でカウント、5年で10期)でトップを取り続けた人だった。

 

その頃の僕はというと、5位前後の営業成績をキープしていた。6年目、僕はついに半期だけトップを取ることに成功した。彼の11期目を阻止することになった。しかし、次の期ではまた先輩がトップを取り返すことになった。

 

たった1期とはいえ、追いついた瞬間に、傲慢な自分が生まれた。そして、トップの座を取り返された瞬間に「嫉妬心」が生まれた。

 

先輩は、ことあるごとに「半期でもトップを取られたことがとても悔しい」と言い、より一層強引な手法で数字を作った。

 

僕は、負けを認めている一方で、肩を並べた栄光にすがっていた。先輩の営業手法を卑下し、受け入れることが出来なかった。

 

心の中で、常に先輩をディスっている状態だった。

 

心の中で、人をディスるようになれば、当然表に出る。目つき、言動、振る舞いに現れる。変わってしまった僕の姿を察知して、先輩と僕の距離は少し離れた。

 

とはいえ、日々協業せざるを得ないこともあり、表面上はそれなりに振る舞っていた。しかし、一緒に飲みに行くことはなくなり、先輩とデスクを並べていることが苦しくなっていった。

 

掛け違えたボタンは元には戻らない。

そんな感覚だった。

 

このまま一緒にいると自我が崩壊すると思いこみ、僕は営業成績を大きく落とした。タイミングよく、他社から引き抜きのお話をいただき転職をした。

 

 その後転職した会社は、5年で倒産の危機に見舞われ、再び転職をし現職に至るのだ。

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

当時27歳だった。苦い思い出だ。

今ならこう言える。

 

先輩の方がお前よりも、顧客に必要とされている。

だから、営業成績が良くギャラが高額で良い女が横にいるのだと。

 

そして、それら全て受け入れて、先輩に教えを請え。そうすれば、もっと稼げる営業マンになるだろうと。20代で最も必要な素質は「素直であること」だと。

 

賛否両論あれど、今でも正しいと思っている。

 

 

現在、僕はもう営業マンではない。

社会人になってからずっと営業マンだった。誰かと競い、数字を作り、成績が発表され、昇給やボーナスが決まる。転職後はそんな環境から離れることになった。

 

転職後の環境では、「嫉妬する」ことがなくなった 。

 

少数人数のチームであるが故、全員の役割が異なる為、各々の業務や働き方を尊重しなければ成り立たない。そういったことが根付いている職場である。そうでもしなければ、仕事の処理が追い付かない。

 

嫉妬する、同僚と競い合う、そんなシチュエーションが無い職場は初体験だが、今のところはうまくやれている。

 

 

今日で、転職して7カ月が経ちました。

 

ではでは。

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work

 

 

www.kaminomania.work